2013年3月18日月曜日

まちかどエッセー#2 「漆とロダン」

 近代日本を代表する彫刻家藤川勇造は、高松の伝統工芸である香川漆器の祖、玉楮象谷(たまかじ・そうこく)の孫にあたり、東京美術学校(現東京芸術大学)で彫刻を学ぶ以前には高松の名門藤川家で漆芸の技法についてひと通り習得を終えました。彫刻の勉強のかたわら漆芸にもいそしみ、漆硯(すずり)箱を作って当時の漆工コンペで銀賞を獲得するなど、高度な漆芸を身に付けていました。
 卒業後は画家の安井曽太郎とともにパリへ渡り、オーギュスト・ロダン最後の弟子として西洋彫刻を学びます。「日本には乾漆塑像のような優れた彫刻があるのに、なぜ西洋彫刻を学ばねばならぬ」と問われた藤川がロダンから称賛を受けた唯一の作品は、乾漆製のうさぎの彫刻だったそうです。その作品を見たロダンは「乾漆の、内部から膨らむようなやわらかい表現は日本人の感性によって生み出すことができる」と絶賛したといいます。
 乾漆とは麻布などを漆で固める造形技法です。繊維強化プラスチック(FRP)が合成繊維を合成樹脂で固めるのに対して、天然繊維を天然樹脂たる漆で固めるという点において、FRPに先立つことはるか千年以上も前に確立された技法です。現代では細々と継承されているに過ぎません。数年前に話題になった国宝興福寺阿修羅像は奈良時代を代表する乾漆仏の傑作で、日本の彫刻技術の根源的な礎のひとつであることは間違いありません。
 ロダンが、日本の優れた彫刻が乾漆製であるということ、また逆に乾漆であることで日本の彫刻の個性が発露した、と考えていたとすれば慧眼(けいがん)というほかありません。内部から膨らむような構造の場合、自身を支えるだけでなく「構造」としての強度が高く、積層の構成によってはFRPに比肩する可能性もあり、乾漆は現代にも十分よみがえる可能性のある天然素材・技法なのです。宮城大学では「構造乾漆」と題して乾漆の強度とデザインに関する研究を行っています。

→まちかどエッセー#3 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/04/3-10.html

2013年3月4日月曜日

まちかどエッセー#1 「知らない漆」

 漆をご存じでしょうか? 日本の伝統、上等な器、華麗な装飾…さまざまな印象があるにせよ、取りあえずはご存じだと思います。一方で日頃漆器を使っている人はあまり多くありません。つまり生活実感として私たちはあまり「知らない」と言っていいようです。また「漆器」は知っていても「漆」そのものがどんなものなのか、木の樹液であることを知っている人も多くはないでしょう。
 漆の木を傷つけると樹液がしみだしてきます。傷ついた部分を修復しようと樹液が固まります。まさに人の血液がかさぶたを作るように漆も身を守るために樹液を出します。これが漆です。傷回りを清潔に保つため、漆は抗菌作用を持っています。比較的脆弱(ぜいじゃく)な樹種であるために抗菌力を備えたとも言われています。こうした漆の振る舞いを見て、先人はその機能に気づき生活を整える材料として使い始めたのかもしれません。
 製品としての使用は9000年前にまでさかのぼるとも言われています。固まる性質を利用して糸を固めた装飾品が作られたり、素焼き土器表面に塗装されたりしました。天平時代には麻布を漆で固める乾漆(かんしつ)という技法で仏像も作られました。中空で軽く運搬が容易なため、度重なる伽藍(がらん)の焼失を経ても興福寺の国宝阿修羅像は、1300年たった今でも当時のみずみずしい姿を現代に伝えています。
 われわれがよく知る蒔絵(まきえ)に代表されるような伝統工芸技術は、こうした古代の事例に比べればまだまだ新しいものです。まさに温故知新というように、伝統工芸のさらにその昔を尋ねることで新しい漆の姿が見えてくるかもしれません。
 「知らない」ということはそこに新しい可能性があるということです。アートの現場、大学での研究、建築内装などのデザインとまさに三面六臂(ろっぴ)の活動を通して漆のさまざまな「知らない」をカタチにしています。


 とき・けんじさん 漆造形家。京都市出身。京都市立芸術大学博士後期課程修了。デジタルデザインによる漆造形制作、建築構造家と乾漆の強度実験を行うなど、古くて新しい漆の可能性を研究。2005年より宮城大学事業構想学部デザイン情報学科助教。仙台市泉区在住。

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