2013年4月1日月曜日

まちかどエッセー#3 「10年後の楽しみ」

 冬場は漆の乾き具合と色目の変化が気掛かりです。一般には「乾く」と表現しますが、厳密には主成分であるウルシオールが、空気中の水蒸気が持つ酸素を取り入れて重合反応を繰り返すことによって硬化します。水分や溶剤が揮発することによって「乾く」のではなく、化学反応によって「固まる」のです。その際一定の温度と湿度が必要です。特に湿度は約70%を下回ると反応が進まないので固まらない=乾かないということになります。乾燥しがちな冬場はせっせと加湿しないとうまく乾かないのです。
 ところが皮肉なことに、鮮やかな発色を求めると、少し低めの湿度でゆっくり乾かす必要があるのです。ここがなかなか悩ましいところです。仕上げの上塗りは作品の締め切りがチラついてきて焦り始める時期にやってきます。奇麗な発色にしたいからゆっくり(4~5日かけて)乾かしたいのに、日が足りない‥というジレンマに陥るからです。
 しかし、よほど慌てて乾かさない限り、実は乾いた直後の色目はあまり問題ではないのです。というのも、色漆(漆に鉱物系顔料を混ぜたもの)の発色は乾燥直後が最も彩度(鮮やかさ)が低く、時間とともに徐々に本来の発色にもどっていくのです。この「もどり」の変化が最初の1~2週間が激しく、その後何年もかけて徐々に鮮やかになってゆきます。骨董(こっとう)の朱漆の器が驚くほど鮮やかなことがありますね、「透けてくる」なんて言い方もします。年月とともに漆そのものの透明度が上がっていくのです。一方、顔料はほとんど退色しませんから、どんどん鮮やかになってくるという仕組みです。
 漆器は時間をかけて透明度を増し、徐々に「いい色」になってゆくのです。意外と知られていない事実です。10年前の自分の作品の朱の鮮やかさに驚くことがあります。さらに使えば風合いも増してゆきます。この「風合いが増す」というのは作る時点ではデザインも表現もできませんが、物との付き合いにおいてはとても大切な要素です。こうした生きた変化を未来に向けて生み出す漆芸は、まさに物に命を吹き込む仕事だと思います。

→まちかどエッセー#4 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/04/4.html

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