漆には赤と黒しかないのですか?という質問をよく頂きます。確かに赤や黒は漆の色として最もポピュラーですが、樹液としてのそもそもの漆は白濁した茶褐色をしています。
そこから不純物と一定の水分を取り除くと、透明感のある飴(あめ)色になります。ここに鉱物系の顔料を混ぜ合わせて色漆を作ります。現在では赤、黄、青の三原色と白の顔料があり、これに黒漆を組み合わせることで、絵の具を混ぜるように原理的にはどんな色も表現することができます。
古代の遺跡から出土する赤い漆は弁柄(べんがら)、すなわち酸化鉄、つまりさびですね、これを比較的低温(800~1000度)で焼いて得られる赤い顔料で作られました。昔から赤い漆が多いのは、こうした天然の顔料が手に入りやすかったことが一因です。
時代が下ると硫化水銀、天然では辰砂(しんしゃ)という名前の鉱物を原料とした銀朱と呼ばれる朱が使われるようになります。辰砂は丹砂(たんしゃ)や丹朱とも呼ばれます。現在でも「丹」がつく地名が日本各地に見られますが、これは赤い顔料が産出された地域の名残とも言われます。大崎市は丹取(にとり)郡と呼ばれた時代があったそうです。
漆は硬化する過程で自然に黒褐色に変色します。鉄粉や油煙(ゆえん)などのすすを添加すると、さらに反応が進んでまさに漆黒と呼ばれる深い黒が得られます。世界にもまれに見るこの「黒さ」は中世ヨーロッパの絵師の心を捉えたといいます。教会の壁面や天井を彩るフレスコ画と呼ばれる障壁画は、白いしっくいを下地とするため、色彩の発色はとても良い一方で、黒の表現は「濃いグレー」に留まらざるを得ず、黒の表現に苦慮していたからです。
現代では多彩な表現が可能になっていますが、赤と黒のどこか「しっくりくる」感覚は、漆の原風景の記憶としてわれわれの遺伝子に深く刻み込まれているのかも知れません。
→まちかどエッセー#5 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/05/5.html
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