2013年6月25日火曜日

新聞にエッセーを

縁あって、仙台の地方紙河北新報の夕刊コラム「まちかどエッセー」に寄稿させてもらった。この数ヶ月、2週間に一本程度のペースで8回、主に漆と仙台に関わることをテーマにという編集者のリクエスト。この25年間で生産量が1/3まで激減している漆にとって、従来どおりの工芸としての理解だけでは先行き不安で、様々な可能性を拓いていかなければならないわけで、でも、漆には本当に多くの特性や機能があり、工夫次第ではまだまだ面白いことが出来そうなのである。僕はその可能性をかたちにして広く伝えることが自分のミッションであると思っているので、そのことを新聞で発信できるまたとないチャンスで、できるだけ平易に分かりやすく書いたつもりである。編集者からは執筆について教わることは多く、とても文章表現の勉強になった。やはり専門家は違うのだ。
編集者の許可を得られたので、こちらでも転載します。まずは#1からどうぞ。http://kekitonji.blogspot.jp/2013/03/1.html

2013年6月24日月曜日

まちかどエッセー#8 「あたながつくる未来の漆」

 これまで、このコラムでは、あまり知られていない漆のさまざまな性質をご紹介してきました。抗菌作用があることや、経年で色が変化すること、天平時代には漆で仏像が作られていたことなど、初めて知った事実も多かったと思います。
 食用としての歴史も古く、新芽は山菜独特のえぐみが非常に少なく食べやすいそうです。明治になると、近代漆芸の始祖、六角紫水が実から漆コーヒーを開発するなど、さまざまに食用に供されてきました。漆の実は他にも、飼い葉に入れて競走馬の強壮剤にも使われました。
 また、実はろう成分を含んでおり、江戸時代から昭和30年代まで、このろう成分を搾り出して、ろうそくやびんつけ油などの原料としても用いられました。
 漆の木は水に強く、漁業で使う網の浮子(うき)にも使われました。樹皮や幹は染料としても利用されてきました。無駄にするところのない、優秀な材木なのです。
 樹液は塗料以外にも、接着材として、着物の金糸、銀糸の制作にも使われました。家具の部材を接着するために、ほぞ(木を組み合わせる技術)穴に漆が充塡(じゅうてん)された部分は、他の部分が腐って壊れても、原形を留めていることがあります。その強烈な接着力は文化財修復家の手を煩わせるほどです。
 全国の大学では、さまざまな研究を通して漆の新しい可能性が次々に解明されています。宮城大学では東京芸術大学建築科と共同で、構造材としての性能を評価しています。漆と布だけでできた椅子を制作、人が座ってもびくともしないデザインを実現しました。つい先日には、岩手医科大学薬学部創剤学講座の研究グループによって、漆の幹に血圧を低下させる成分が含まれている可能性が示唆されました。
 漆を、工芸としての理解だけでなく、さまざまな機能のある材料とそれを取り扱う技術として、現代的に再解釈すると、新しい漆の姿が見えてくるのではないでしょうか。みなさんのアイデアが漆の未来を切り開くかも知れません。さて、あなたなら何に漆を使いますか?

2013年6月10日月曜日

まちかどエッセー#7 「0.1パーセント」

 現在、国内の漆産業では、原料たる漆の実に99・9パーセントを、中国を中心とする輸入に頼っています。その中国でも経済発展に伴って漆の生産量は減少し、また人件費の高騰により、以前は国産漆の10分の1程度であった価格が、現在では7分の1~5分の1程度となってきています。一方、国産漆も、従事する職人さんの高齢化や、若年層の後継者不足などによって年々収量が減少しています。
 国産漆は外国産に比べて、光沢に優れ、硬化した塗膜はとても堅牢・強靱(きょうじん)で、古来、さまざまな建造物にも使われてきました。瑞鳳殿や大崎八幡宮をはじめ、宮城県には漆が使われた文化財が数多くあります。こうした文化財の修復には国産漆が使われます。しかし、国産漆の減少と価格の高騰がこのまま続けば、文化財の保存もままならなくなるでしょう。
 国産漆の最大産地はお隣、岩手県の浄法寺町です。瀬戸内寂聴さんが一時住職をなさっていたことでも知られる天台寺のお膝元です。また、山形県ではここ30年ほどの地道な取り組みによって、良質な漆が採れるようになってきています。一方、宮城県の漆生産量はゼロです。東北一、漆塗りの文化財を数多く保有し、森林資源も豊富な宮城県で、漆が生産されていないことはとても残念なことだと思います。
 その土地の木で家を建てることが木造住宅のひとつの理想である、といわれるように、その土地で生まれた漆が、その地域で使われることにはきっと意味があると思います。なにより、漆の地産地消を通して、関連産業や雇用が活性化することでしょう。
 宮城大学では、本年度より民間の専門家や行政と協力して、宮城県内での漆の植樹を始めます。実際に漆が採れるまでには10~15年ほどかかりますが、植えないことには決して漆を得ることはできません。0・1パーセントのそのうちのほんの数パーセントかも知れませんが、ゼロからの脱却に向けた一歩を踏み出します。

→まちかどエッセー#8 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/06/8.html

2013年5月27日月曜日

まちかどエッセー#6 「漆の抗菌作用」

 あまり知られていませんが、漆には天然の抗菌作用があります。禅寺では食後のお茶わんにお湯を注いで飲み干したあと、布巾で丁寧に拭いておしまいにしますが、これも漆器の抗菌作用あってのことでしょう。日本の湿潤な気候においても衛生的に保たれるということで、食器が漆塗りであることにはとても意義があります。
 漆塗りの技術には、物の表面を塗り込めてしまう、一般的に「塗り」と呼ばれる技法のほかにも、木材の表面に擦り込むようにして漆を浸透させる「拭き漆」という技法があります。これは植物油などで希釈した漆をはけで塗って、染み込み具合をみながら端布などで余分を拭き取る工程を数回繰り返すという、特別な道具の要らない技法です。木目が美しく透けて見えるのが特徴です。仙台箪笥(たんす)はその代表ですね。
 わが家では床をこの拭き漆で仕上げています…というととても高級な印象がしますが、漆を扱った経験のない設計者や設計会社の所員さん、学生と一緒に施工しました。経験者の指導があれば、日曜大工的に施工ができます。
 風呂場ではホームセンターで買ってきたスノコに拭き漆を施しています。抗菌作用のおかげで、水あかに悩まされることも、カビが生えることもなく、ほったらかしで使っていますが、毎晩とても足触り良く気持ち良く入浴できています。
 室内環境を衛生的に保つことができる、ということでこの拭き漆の床を採用する保育園もあります。手にした物をすぐに口に入れてしまう小さな子どものおもちゃや積み木なども、漆を使えば親御さんも安心ですね。漆の物は長く使うと風合いも増すので、おもちゃがおさがりで嫁いだ(?)先でも、重宝してもらえることでしょう。
 漆はその品格や技術の精緻さなど、まさに表面的な部分で評価されることが多いですが、こうした、生活を清潔に保つ効果という機能的な面で、現代の生活でも、もっと訴求していけるのではないかと思います。

→まちかどエッセー#7 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/06/7-01.html

2013年5月13日月曜日

まちかどエッセー#5 「たたずまいを整える仕事」

 3Dプリンターという言葉を耳にされた方も多いのではないでしょうか。最近メディアで取り上げられることも多いこの技術は、コンピューターで設計した3次元のかたちをそのまま合成樹脂などの立体物として造形するというものです。パソコンのモニターに映し出される単なる情報としてのかたちを、実際のものとして手に取ることができるということで「魔法の技術」として紹介されることも多いようです。
 近年こうした機材が個人でも買えるような価格になり、デジタルファブリケーションとも呼ばれる、パソコンと連動したこれらの機材を使ったもの作りが身近になってきました。とはいえ、全ての人にとってすぐに始められるものでもありませんので、まずは体験ができる市民工房のような場所が世界中に立ち上がっています。
 ここ仙台にもつい先日、仙台駅前に工房がオープンしました。さまざまな人がさまざまなもの作りを実験的に行い、インターネットを通じてその経験や工夫を世界中の仲間と共有して、新しいもの作りの可能性を探っています。
 パソコンのプリンターは家庭を印刷所に変えた、とも言われるように、デジタルファブリケーションが家庭を小さな工場にする可能性を秘めているという研究者もいます。個人のもの作りの在り方を大きく変えるかもしれないこの技術は、実は工芸職人さんにとって、とても大きな可能性を秘めています。
 工芸は手を尽くして、もののたたずまいを整える仕事です。パソコンでいくら簡単にものが作れるとしても、実際のものが手触りやたたずまいにおいて魅力的でなければ、それには価値がありません。この点でこうした工房の運営者の多くが、工芸技術との取り組みを切望しています。一方で、職人さんたちにとって、これらの技術はどこか縁遠いものと捉えられがちのようです。そこで、宮城大学では漆とデジタルファブリケーションによる造形研究のほか、職人さんのデジタルファブリケーション技術の利活用支援を行っています。

→まちかどエッセー#6 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/05/6.html

2013年4月15日月曜日

まちかどエッセー#4 「赤と黒」

 漆には赤と黒しかないのですか?という質問をよく頂きます。確かに赤や黒は漆の色として最もポピュラーですが、樹液としてのそもそもの漆は白濁した茶褐色をしています。
 そこから不純物と一定の水分を取り除くと、透明感のある飴(あめ)色になります。ここに鉱物系の顔料を混ぜ合わせて色漆を作ります。現在では赤、黄、青の三原色と白の顔料があり、これに黒漆を組み合わせることで、絵の具を混ぜるように原理的にはどんな色も表現することができます。
 古代の遺跡から出土する赤い漆は弁柄(べんがら)、すなわち酸化鉄、つまりさびですね、これを比較的低温(800~1000度)で焼いて得られる赤い顔料で作られました。昔から赤い漆が多いのは、こうした天然の顔料が手に入りやすかったことが一因です。
 時代が下ると硫化水銀、天然では辰砂(しんしゃ)という名前の鉱物を原料とした銀朱と呼ばれる朱が使われるようになります。辰砂は丹砂(たんしゃ)や丹朱とも呼ばれます。現在でも「丹」がつく地名が日本各地に見られますが、これは赤い顔料が産出された地域の名残とも言われます。大崎市は丹取(にとり)郡と呼ばれた時代があったそうです。
 漆は硬化する過程で自然に黒褐色に変色します。鉄粉や油煙(ゆえん)などのすすを添加すると、さらに反応が進んでまさに漆黒と呼ばれる深い黒が得られます。世界にもまれに見るこの「黒さ」は中世ヨーロッパの絵師の心を捉えたといいます。教会の壁面や天井を彩るフレスコ画と呼ばれる障壁画は、白いしっくいを下地とするため、色彩の発色はとても良い一方で、黒の表現は「濃いグレー」に留まらざるを得ず、黒の表現に苦慮していたからです。
 現代では多彩な表現が可能になっていますが、赤と黒のどこか「しっくりくる」感覚は、漆の原風景の記憶としてわれわれの遺伝子に深く刻み込まれているのかも知れません。

→まちかどエッセー#5 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/05/5.html

2013年4月1日月曜日

まちかどエッセー#3 「10年後の楽しみ」

 冬場は漆の乾き具合と色目の変化が気掛かりです。一般には「乾く」と表現しますが、厳密には主成分であるウルシオールが、空気中の水蒸気が持つ酸素を取り入れて重合反応を繰り返すことによって硬化します。水分や溶剤が揮発することによって「乾く」のではなく、化学反応によって「固まる」のです。その際一定の温度と湿度が必要です。特に湿度は約70%を下回ると反応が進まないので固まらない=乾かないということになります。乾燥しがちな冬場はせっせと加湿しないとうまく乾かないのです。
 ところが皮肉なことに、鮮やかな発色を求めると、少し低めの湿度でゆっくり乾かす必要があるのです。ここがなかなか悩ましいところです。仕上げの上塗りは作品の締め切りがチラついてきて焦り始める時期にやってきます。奇麗な発色にしたいからゆっくり(4~5日かけて)乾かしたいのに、日が足りない‥というジレンマに陥るからです。
 しかし、よほど慌てて乾かさない限り、実は乾いた直後の色目はあまり問題ではないのです。というのも、色漆(漆に鉱物系顔料を混ぜたもの)の発色は乾燥直後が最も彩度(鮮やかさ)が低く、時間とともに徐々に本来の発色にもどっていくのです。この「もどり」の変化が最初の1~2週間が激しく、その後何年もかけて徐々に鮮やかになってゆきます。骨董(こっとう)の朱漆の器が驚くほど鮮やかなことがありますね、「透けてくる」なんて言い方もします。年月とともに漆そのものの透明度が上がっていくのです。一方、顔料はほとんど退色しませんから、どんどん鮮やかになってくるという仕組みです。
 漆器は時間をかけて透明度を増し、徐々に「いい色」になってゆくのです。意外と知られていない事実です。10年前の自分の作品の朱の鮮やかさに驚くことがあります。さらに使えば風合いも増してゆきます。この「風合いが増す」というのは作る時点ではデザインも表現もできませんが、物との付き合いにおいてはとても大切な要素です。こうした生きた変化を未来に向けて生み出す漆芸は、まさに物に命を吹き込む仕事だと思います。

→まちかどエッセー#4 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/04/4.html

2013年3月18日月曜日

まちかどエッセー#2 「漆とロダン」

 近代日本を代表する彫刻家藤川勇造は、高松の伝統工芸である香川漆器の祖、玉楮象谷(たまかじ・そうこく)の孫にあたり、東京美術学校(現東京芸術大学)で彫刻を学ぶ以前には高松の名門藤川家で漆芸の技法についてひと通り習得を終えました。彫刻の勉強のかたわら漆芸にもいそしみ、漆硯(すずり)箱を作って当時の漆工コンペで銀賞を獲得するなど、高度な漆芸を身に付けていました。
 卒業後は画家の安井曽太郎とともにパリへ渡り、オーギュスト・ロダン最後の弟子として西洋彫刻を学びます。「日本には乾漆塑像のような優れた彫刻があるのに、なぜ西洋彫刻を学ばねばならぬ」と問われた藤川がロダンから称賛を受けた唯一の作品は、乾漆製のうさぎの彫刻だったそうです。その作品を見たロダンは「乾漆の、内部から膨らむようなやわらかい表現は日本人の感性によって生み出すことができる」と絶賛したといいます。
 乾漆とは麻布などを漆で固める造形技法です。繊維強化プラスチック(FRP)が合成繊維を合成樹脂で固めるのに対して、天然繊維を天然樹脂たる漆で固めるという点において、FRPに先立つことはるか千年以上も前に確立された技法です。現代では細々と継承されているに過ぎません。数年前に話題になった国宝興福寺阿修羅像は奈良時代を代表する乾漆仏の傑作で、日本の彫刻技術の根源的な礎のひとつであることは間違いありません。
 ロダンが、日本の優れた彫刻が乾漆製であるということ、また逆に乾漆であることで日本の彫刻の個性が発露した、と考えていたとすれば慧眼(けいがん)というほかありません。内部から膨らむような構造の場合、自身を支えるだけでなく「構造」としての強度が高く、積層の構成によってはFRPに比肩する可能性もあり、乾漆は現代にも十分よみがえる可能性のある天然素材・技法なのです。宮城大学では「構造乾漆」と題して乾漆の強度とデザインに関する研究を行っています。

→まちかどエッセー#3 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/04/3-10.html

2013年3月4日月曜日

まちかどエッセー#1 「知らない漆」

 漆をご存じでしょうか? 日本の伝統、上等な器、華麗な装飾…さまざまな印象があるにせよ、取りあえずはご存じだと思います。一方で日頃漆器を使っている人はあまり多くありません。つまり生活実感として私たちはあまり「知らない」と言っていいようです。また「漆器」は知っていても「漆」そのものがどんなものなのか、木の樹液であることを知っている人も多くはないでしょう。
 漆の木を傷つけると樹液がしみだしてきます。傷ついた部分を修復しようと樹液が固まります。まさに人の血液がかさぶたを作るように漆も身を守るために樹液を出します。これが漆です。傷回りを清潔に保つため、漆は抗菌作用を持っています。比較的脆弱(ぜいじゃく)な樹種であるために抗菌力を備えたとも言われています。こうした漆の振る舞いを見て、先人はその機能に気づき生活を整える材料として使い始めたのかもしれません。
 製品としての使用は9000年前にまでさかのぼるとも言われています。固まる性質を利用して糸を固めた装飾品が作られたり、素焼き土器表面に塗装されたりしました。天平時代には麻布を漆で固める乾漆(かんしつ)という技法で仏像も作られました。中空で軽く運搬が容易なため、度重なる伽藍(がらん)の焼失を経ても興福寺の国宝阿修羅像は、1300年たった今でも当時のみずみずしい姿を現代に伝えています。
 われわれがよく知る蒔絵(まきえ)に代表されるような伝統工芸技術は、こうした古代の事例に比べればまだまだ新しいものです。まさに温故知新というように、伝統工芸のさらにその昔を尋ねることで新しい漆の姿が見えてくるかもしれません。
 「知らない」ということはそこに新しい可能性があるということです。アートの現場、大学での研究、建築内装などのデザインとまさに三面六臂(ろっぴ)の活動を通して漆のさまざまな「知らない」をカタチにしています。


 とき・けんじさん 漆造形家。京都市出身。京都市立芸術大学博士後期課程修了。デジタルデザインによる漆造形制作、建築構造家と乾漆の強度実験を行うなど、古くて新しい漆の可能性を研究。2005年より宮城大学事業構想学部デザイン情報学科助教。仙台市泉区在住。

→まちかどエッセー#2 http://kekitonji.blogspot.jp/2013/03/2.html